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2010年本屋大賞本命(予想)

『横道世之介』 吉田修一 毎日新聞社 ¥1,680

『神去なあなあ日常』 三浦しおん 徳間書店 ¥1,575

 

 年が明けると本屋大賞の候補作一〇作品が発表となって、「今年はどれかな」と、本を手に考えるのが二月の恒例である。過去六回で、『夜のピクニック』や『東京タワー』『一瞬の風になれ』などが大賞に選ばれていることから、(傾向としては)評判の青春小説、吉田修一『横道世之介』が有力かなと思った。(実際かなり読後感の良い小説でした)

舞台は八〇年代後半の東京。長崎から上京した大学生の日常が、一年間に渡って綴られていく。初めての一人暮らしから、サークル活動やアルバイト、友人との出会いや年上の女性への恋、帰省などなど、なんでもないような出来事をみずみずしく語る。(エピソードだけとればありふれた感じなのだけれども)そこに彼と関わった人たちの「二〇年後」の人生が織り交ぜられることで、物語は厚くなる。彼と出会ったという些細な出来事がそれぞれの人生を大きく変えていくのである。とくにガールフレンドだった彼女の「その後」には驚き以上に感動的。呑気で不器用で素朴で、どこにでもいそうなタイプに見える彼だけれど、読み終えると彼の魅力に気づかされているから不思議。

もう一冊、三浦しおん『神去なあなあ日常』も、読後感がいい物語である。同じく十八歳少年の一年を描くのだが、こちらは三重県の山奥の神去村で林業に勤しむという話。ガテン系の青春小説である。都会っ子には慣れない肉体労働と、独特な風習と環境のなか、(逃げ出したいと思いながらも)やがて仕事を覚え、村の仲間となっていく彼の姿はなんだかほほえましい。「神隠し」や「お祭り」など神秘的な山の世界が広がり、特にラストの御神木に乗っての山くだりの場面は圧巻である。爽やかでユーモラスでもあって、巨匠・宮崎駿が映画にしたいと(帯にある)のも納得の味わい。

本屋大賞の発表は、4月。楽しみに。 (は)

『天』を測って、『地』を統べる

『天地明察』 冲方丁 角川書店 ¥1,890

からん、ころん。

金王八幡に奉納された多くの絵馬が風に揺れる。それぞれに書かれた算術の問いと解法。それを目にした時、春海の人生は途方もない方向へと舵を切った。

幕府に囲碁で仕える碁打ち衆の嫡男に生まれながら、算術にのめり込む。老中・酒井に見込まれた春海は、密命を受け、天体の運行を計算・測量する羽目となる。

やがて、八百年も続く宣明暦の誤りを指摘し、新しく授時暦の採用を請願する事態へと繋がってゆく。だが、授時暦も大きな爆弾を抱えていた。改暦。それは、政治・権力・宗教・経済問題として、幕府・朝廷・神社仏閣をも巻き込む。

それぞれの思惑により、駆け引きが展開される中、春海は起死回生の秘策を打ち出し、朝廷を動かしてゆく。

改暦に関わる魅力的な人々。一途に仕事に打ち込む男達の熱い情熱が心に染みる、心地良い時代小説の誕生である。

スニーカー大賞・SF大賞を受賞。そして、ゲーム・アニメなど多彩な能力を発揮し、若者を魅了してきた冲方丁(うぶかたとう)が、新しい境地を開く。表紙の帯に、ビッシリと書かれた書店員たちの賛辞の数々。

読めば、納得。 (え)

直木賞に想うこと。

『廃墟に乞う』 佐々木譲 文藝春秋 ¥1,680

『ほかならぬ人へ』 白石一文 祥伝社 ¥1,680

最近の直木賞は功労賞的な要素を多分に含んでいる。「今更この人?」という感じがしないでもない。とはいえ、作品の質にハズレなし。まずは読むべし。

 

道警捜査一課の仙道は、ある事件をきっかけに精神性外傷(PTSD)に陥り休職中だった。にも関わらず、事件の解明を求められる。娼婦に自分の母親を重ねてしまう犯人の暗い過去。(廃墟に乞う)家族を養うため、必死に生活を守る妹思いの兄。(兄の想い)行方不明の娘の捜索を依頼する父親。(消えた娘)等、決して派手な事件展開もなくただ淡々と仙道は解決の糸口を探る。その土地の、家族と生活に溶け込みながら事件を究明する。心に深い傷を負いながらも、刑事としてのカンを少しずつ取り戻し再生する姿を描く。

連作の最後(復帰する朝)の作品で、ようやく彼がなぜ休職せざるを得なかったかが、明らかになる。登場人物たちのの心の痛みがひしひしと伝わってくる作品集だ。

誰もが過去を引きずって生きている。宇津木明生は、秀才の兄二人とは違い、自分は生まれそこないだと感じていた。妻のなずなとの結婚生活は2年で破綻した。幼馴染の根本真一が、どうしても忘れらないと、なずなは家を飛び出した。会社の先輩の東海さんは何かと明生の相談相手になってくれていた。彼女もまた一年半前に離婚していた。どうしてもあきらめ切れない明生は、なずなを待ち続けた。また名家の生まれだった明生には幼い頃から親同士が決めた許婚がいた。だが、彼女・山内渚が好きなのは、三人兄弟の次兄の靖生。靖生は兄嫁の麻里に想いを寄せていた。

「どうやったらそれぞれが〈ちゃんとした組み合わせ〉になれるのだろう?」 死がもたらす残された人への愛情。時間がもたらす自分の成長、或いは亡くなった人への感情の消失。明生の周りで複雑に絡んで、崩れていく人間関係を丁寧に描く。 (中)

宝探しは自分探し?

『アルタンターハ 東方見聞録奇譚』 長崎尚志 講談社 ¥1,680

 

浦沢直樹とともに、20世紀少年など多数の作品を生み出したコミック原作者・長崎尚志が初小説に挑んだ。

 ながく不仲であった父親の死に際し、謎の男が貞人に近寄る。源田と名乗るその男は、大戦後モンゴルで父親とともに抑留されていたという。そこで父親は、あるモンゴル人から黄金伝説を聞かされたという。子どもの頃、父から聞いた奇妙な詩の意味を、古本屋の篠原らの協力を得ながら解読してゆく貞人。やがて明かされる宝の在り処と父親の心…。

13世紀にピサのルスティケロが、マルコ・ポーロの旅行話を記録した「東方見聞録」。

そのなかで黄金の島と紹介されたジパングは、当時鎌倉時代であった。一説によれば、頼朝に滅ぼされた奥州藤原氏が建立した、平泉の中尊寺金色堂をして黄金郷と呼ばれた所以とされている。ところがマルコ自身は日本には来ておらず、中国での伝聞を口述したにすぎないとの見方もある。

 この東方見聞録にまつわる2編の宝探しの話は、同時に2人の男たちの自分探しの物語になっている。古本屋の篠原を主人公とするもう1編の宝探しとともに、伝奇的なストーリーのなかに、家族のつながりを描き出した秀作であることは間違いない。 (中)

じゃあ、読もう!

『知らないと恥をかく世界の大問題』 池上彰 角川SSC新書 ¥798

『ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊』 立花隆 佐藤優 文春新書 ¥987  

 

本年は「国民読書年」です。

<文字・活字文化によって人類は英知を後世に伝えてきました。しかし、近年わが国でも年齢層を問わず読書への興味が薄れ、言語力,読解力の衰退が顕著となってきました。読書の価値を見直し、2010年を「国民読書年」と定めます。>と2008年6月6日の衆参両院本会議で全会一致で採択されました。

実は、10年前、2000年は「子ども読書年」でした。この年は全国の学校が真剣に取り組み、大きな成果を挙げました。1999年12月に『ハリー・ポッターと賢者の石』が発刊されたことも追い風となり多くの子どもたちは本を読む楽しさや1冊を読み切る充実感を味わってくれました。「朝の読書」も盛んに実施され、全国に普及していきました。今では20000校以上で行われています。PTAも協力し読み聞かせをしてくれるようになりました。

ところが、家庭や職場では読書をする姿が見えません。子どもだけに本を読ませるのではなく、「国民一人ひとりが、地域で、家庭で、学校で、職場で「私の国民読書年」として行動する」ことが「国民読書年」の趣旨です。読書により、知識やことばを身につけます。ことばにより自分の考えを整理することができます。そして、ことばにより自分を束縛するものから自分を解放してやることができるようになります。他人の考えや意見をことばとして理解できれば、他人を思いやることができるようになります。

やはり家庭で親が読書する姿を見せ、小さい頃から本に親しませることが一番大切だと思います。私と家内は、子どもが小学生だったある日、テレビを消して食卓で本を読むことにしました。それまで本を読まなかった長男が「何をよんでるの。」と興味を示し、しばらく続けると「じゃ僕もマイケル・ジョーダンの本を読もう」と当時好きだったバスケットボール選手の本を読み始めました。これを機に「こどもの日」には好きな本を自分で選ばせることにしました。20年経った今でも本棚に残っています。

私は今年60歳になりますが、今までに何度も読み返してきた本があります。1冊は夏目漱石の『坊ちゃん』。この本は人生で3度は楽しめる本だと思います。次は森鴎外の『舞姫』です。耐えがたきはエリスが愛!男子高校生に読んでほしい本です。女子高校生にはアンドレ・ジイドの『狭き門』。アメジストの首飾りと聞くだけで涙が出てきそうです。古典は『伊勢物語』です。

昔の男はすぐにヨヨと泣きました。ぜひ読んでください。

前文で「ことば」を多用しましたが、ことばをわかりやすくひとにつたえるには池上彰の『わかりやすく<伝える>技術』を読まれるとよいでしょう。本格的に読書に取り組まれる方には立花隆と佐藤優の『ぼくらの頭脳の鍛え方必読の教養書400冊』があります。すごい本のリストです。

本を読むことによってきっと人生が豊かになります。この本屋の新聞を読んでくださっているあなたと良い本との出会いがありますように心より願っています。  (須)