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トクチョンカガン?

『徳川家康 トクチョンカガン 上・下』 荒山徹 実業之日本社 ¥1,575

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 NHK大河ドラマ・天地人もいよいよ終盤にさしかかり、(松方)家康の天下も間近となった。

 さてその家康公。狡猾さと深謀と辛抱により、長い戦国の世を治めるに至ったが、その出自に関しては諸説ある。清和源氏の流れを汲む、世良田二郎三郎親氏が祖という説が有力だが、朝廷から征夷大将軍職を拝命するための偽称だという説もある。

そんなお方故、こんな話も有りかもしれない。

秀吉の朝鮮出兵の折、藤堂高虎の手により僧兵・元信(ウォンシン)が極秘裏に日本へ連行された。元信とは偶然にも家康の元服時の名であり、それどころか姿形まで瓜二つだった。必然的に影武者に仕立て上げられた彼に、大きな転機が訪れた。関ケ原の合戦の朝、突然死してしまう家康に代わり戦を差配した影武者・元信は、この日から徳川家康(トクチョンカガン)となる。

 朝鮮人忍者と真田十勇士、柳生但馬守らを巻き込んで、事態は「大坂裏(ウラ)の陣」へ!元信を突き動かすのは故郷朝鮮を荒らされた「叛」の心のみ。豊臣を根絶した本当の理由がここに明かされる。 (加)

試される愛

『グラーグ57上・下』 トム・ロブ・スミス 新潮文庫 各¥700 

 

昨年度『このミス』海外編1位を獲得したばかりか、ミステリ関連の賞を総ナメした『チャイルド44』。その続編といえば、オモシロくないワケがない。

米ソ冷戦真っ只中の1956年、フルシチョフは前書記長スターリン批判を展開する。オセロゲームで次々と裏返されていくかのように、国家の上層部は震撼し、人民は翻弄されていく。粛清の嵐。念願のモスクワ殺人課を創設したレオも同様に、国家権力の波に飲み込まれていく。かつてレオを愛し裏切られ、どん底から這い上がり復讐に燃えるフラエラ。レオのライーサの真摯な愛の裏側にあるもの。両親を目の前で殺され心を閉ざす少女ゾーヤ。著者は登場人物たちの過去の記憶を原罪として捉え、それぞれの過酷な人生を炙り出す。彼等の振幅が激しく揺れ動く心理描写と革命的状況設定が見事にシンクロしている。

 強制労働収容所『グラーグ57』を舞台に、レオにとって鍵を握る重要人物の救出作戦がはじまる。 (中)

どうぶつしょうぎ

『どうぶつしょうぎ』 考案:北尾まどか イラスト:藤田麻衣子

            幻冬舎エデュケーション ¥1,500

 

 2人の女流棋士が、子どもや女性に将棋を指してもらうために考案した、『どうぶつしょうぎ』。作った本人たちも驚くほどのビッグウェーブが来ている。

3×4マスの盤面と、木製のライオンさん、キリンさん、ゾウさん、ひよこさんのコマ8枚でできた小さな世界。相手のライオンさんを捕まえるか、自分のライオンさんが相手陣地に入ったら勝ち。かわいらしいだけの簡易将棋と思ったら大間違い!その内容は本格的で奥が深い。相手の5手6手先、動くパターンを読み間違えたらもう最後、イッキに追い込まれてしまう。

対象年齢は3歳以上。年齢に応じた楽しみ方があり、本当に老若男女楽しめる。私も実は、毎晩親父と弱肉強食の世界を楽しんでいる。 (大)

大人の意地

『子どもにウケるたのしい雑学』 坪内忠太 新講社 ¥900 

 

 子どもは、大人が何でも知っていると思っている。

 突然の質問に、「そんなもん、考えた事もないな。」と戸惑いつつ、でも答えられなきゃカッコ悪い。そこでコレ。

 イヌの習性から宇宙の不思議まで、あらゆるジャンルの子どもの疑問に即座に回答。セミは逃げる時、少しでも体を軽くするためオシッコをする。竜巻、台風、お風呂の水の渦は北半球では全て左巻き、南半球で全て右巻きである。くしゃみで放出される息は時速160キロ(隣でされたら、もうアウト)。ちなみに子どもがチョロチョロ動き回るのにも理由があって、血液を体のすみずみまで循環させるため、本能がそうさせるそうだ。

 こんな面白い雑学ネタがなんと254個。難しい解説はなく、端的でわかりやすいのがミソ。大人が読めば、社会人としてちょっと博識な自分を演出できてしまう。

 何でも知っているカッコイイ大人は子どもにとって、そして飲み屋のお姉さんたちにとってもスーパーヒーローなのだ。 (伊)

鳩山家の食卓

『ようこそ鳩山レストランへ』 鳩山幸 講談社 ¥1,785

 

「私の好きな食べ物は、妻の手料理です。」新婚さんの言葉かと思えば、鳩山総理就任時のプロフィールにあった言葉。

幸夫人といえばユニークな発言で有名だが、そんな料理上手なイメージは正直なかった。しかし実は料理本を何冊も出しているつわもの。

主人の仕事の関係上、深夜、遅くの食事や時間のない中でも、「おなかをすかしている人を待たせたくない」と、嫌な顔一つせず、瞬く間に手際よく料理をしあげてしまうという。

本書には、ちょっとオシャレで愛情に満ちた料理があふれている。しかも、どれも15分ぐらいあればできるという。

温かい家庭料理が次の日の働く気力を与えてくれるのは、総理大臣もサラリーマンも変わらないのかもしれない。 (小)

パンデミック前夜

『H5N1』『新型インフルエンザ完全予防ハンドブック』

       2冊共に 岡田晴恵 幻冬舎文庫 ¥630/¥400

 

 

ついに、「強毒性」新型インフルエンザ(H5N1)が日本に上陸した。国内第一号の患者は東南アジアで感染し、発症前に空港の検疫を通過。帰国後間もなく発症、死亡した。

2週間後、WHOはパンデミック(世界的大流行)を宣言。日本ではタミフルやワクチンが足りず、医師は感染や過労のため次々に死亡。街中に死体の山。経済も破綻し、社会は崩壊の一途を辿る・・・と、小説『H5N1』は警告する。

著者は国立感染症研究所の研究員も務めるインフルエンザ対策の権威・岡田春恵氏。医科学的根拠に裏打ちされた物語で、まさに人類存亡の危機を唱える「よげんの書」でもある。

それでは私たちは、自分や家族を守るために何が必要なのか。同じ著者による『新型インフルエンザ完全予防ハンドブック』には、今からできる準備、発症後の対策、対応までが詳しく紹介されている。

ちなみに豊川堂ではこの2冊に加え、マスク(50枚入)も販売中。 (池)

 

 

嵐が過ぎ去っていった。

『無理』 奥田英朗 文芸春秋 1,995

『ヘヴン』 川上未映子 講談社 1,470

『「いい人」をやめると楽になる』 曽野綾子 祥伝社黄金文庫 600

 家がみしみしと揺れた。明け方近く外に出ると、見たこともない暴風が吹き荒れていた。伊勢湾台風並みといわれた十八号は、猛威をまざまざと見せつけたけれど、この程度の被害で収まったのはもしかしたら幸いだったのかも(と思ったくらいの、凄まじい嵐)。秋は天気も変わりやすいというけれど、人の心も変わりやすいものである。

奥田英朗の新作『無理』は、ふとしたはずみで人生を嵐に巻き込んでしまった人々を描いた群像劇である。舞台は、東北の寂れた地方都市。鬱屈を抱えながら生きる5人が陥った思いも寄らぬ顛末が描かれる。県庁への復帰を待つ市役所職員、保安員をクビになり新興宗教にのめりこむ中年女、ヤクザと癒着する市議会議員、インチキ商売に邁進する元暴走族、都会生活に憧れる女子高生。(物語はそれぞれが平行して進み)誰もが些細なことから(不幸はなぜか不幸を呼ぶもので)揃って人生を暗転させてゆく。引きこもりに家庭内暴力、生活保護に詐欺商法、世襲政治、遺産相続、老老介護、カルト宗教と、社会の歪みや問題も孕んでいて、みな心の余裕を失くし善意を忘れてしまっているかのよう。それが身につまされる痛々しさを伴って訪れる(何が善で何が悪なのか、言い切れない部分も多分にあったりする)。徐々に追い詰められていく人々の心の動きや描写が実に巧みで、それでいてどこか可笑しさが漂うあたり、まさに一級のエンターテイメント。それぞれの運命が劇的に重なり合うラストは、圧巻である(表紙のイメージがラストシーン)。

美貌で(も)誉れ高い作家の中身は、哲人である。『ヘヴン』は、暴力を題材にして人間の善悪を問う衝撃作。「ロンパリ」と呼ばれ斜視で苛めを受けている十四歳の僕。格好が不潔で同じく苛めにあっている同級生のコジマと心を通わせていく物語。何をされても受け入れることで〈ヘヴン〉にたどり着こうとするコジマの、弱さの中にある強さは強烈で圧倒的だ。途中、苛める側の百瀬と苛められる側の僕との会話の遣りとりの場面が、この物語の白眉。(執拗な苛めも凄まじいのだけれど)哲学的な問いかけこそが、凄まじい。百瀬は苛めの意味すら否定し、斜視がゆえに標的とされたことも否定。苛められる側の気持ちはと尋ねても「人はそれぞれ違う世界に生きているのだ」と、罪悪感すら否定する。百瀬の「すべてのことに意味はない」との反問に、僕はどう答えられるのだろう。

 僕は、コジマが何度も好きだと言ってくれた斜視を治せるかもしれないと告げる。その代償は心の支えを失うことでもあるのだけれど。それにしても僕とコジマの惹かれあっていく場面は悪くない。手紙を交わしていく下りもみずみずしい。大きな感動を持って読まれる作品であると思う。

理不尽なことの多い世の中で、こんな風に考えれば生き方が楽になるという本が俄然注目を集めている。十年前に刊行された作家曽野綾子の言葉を集めた箴言集『「いい人」をやめると楽になる』は、数々の著作の中からエッセイを抜粋し収録したもので、縛られない、失望しない、傷つかない、重荷にならない、気負わない、他人の目を気にしないなど、人はあるがままでいいという処世訓の数々がちりばめられている。

《いい人をやめたのはかなり前からだ。理由は単純で、いい人をやっていると疲れることを知っていたからである。悪い人だという評判は容易に覆らないが、いい人はちょっとそうでない面を見せるだけですぐ批判、評価が変わり棄てられる》

なるほど、言葉の処方箋。建前を否定したその姿勢のひとつひとつに感銘をうける。

 台風一過の朝、大きな虹が架かっていた。嵐には人生を脅かすほどの力があるかもしれないけれど、ひとつの言葉には、そんな人生を救う力もある。 (は)