『声に出して笑える日本語』 立川談四楼 光文社文庫 ¥470
『巡礼』 橋本治 新潮社 ¥1,470
『恋ばっかりもしてられない』 佐藤真由美 幻冬舎文庫 ¥560
「まだ何もしてないのにノーベル賞?」
なんて声もあったけれど、米大統領の「言葉」がそれほど世界中の人々の心を揺さぶったのは確かである。未来への希望を与える言葉は素晴らしいと思う。
的確な言葉は人を感動させるけれど、ほんのちょっとの違いが致命的な笑いを起こすこともある。
『声に出して笑える日本語』は、文字通り笑わないで読むのがまことに困難なエッセイ。落語家が日頃見聞きした「言葉」を集めたもので、これがとにかく可笑しい。「ご遺族は今、悲しみのズンドコに沈んで・・・」「海のモズクと消えた・・・」「ふしだらな娘ですが・・・」「では新郎新婦のご冥福を祈って・・・」「先立つ不幸を・・・」などなど、言い間違いやら勘違いやら覚え違いやらの、ヘンなフレーズがこれでもかと並ぶ(すべて実話というところが、これまたすごい)。さすが言葉の専門家だなと、笑いながら感心するのだけれど、ネタがいくつも頭の中に残ってしまい、以来ふとひとり思い出し笑いしてしまうから、これはやっかいである(突然笑えば他人は変な人と思うでしょう)。
「あいつは凄えよ、身体からオーロラが出ている」の続編も出たものだから、思い出し笑いはさらに増え、近頃なんだか勝手に楽しくなってしまっている。
『巡礼』は、異臭を放つゴミ屋敷に住む老人の物語。TVのワイドショーでも時折取り上げられるような事件であるが、何故男はゴミに埋もれて生活しているのか? 説明のできない男の心理を、その生い立ちから現在に至るまで丹念に辿ることで解き明かしていく。
荒物屋の跡取り息子として生まれた男は順調に歩んでいるように見えたが、五歳の息子を亡くし、姑と不仲だった妻が家を出て、両親も居なくなり、そこから彼の人生は狂い始めていく。始まりは些細なこと、子どものおもちゃを拾ったことからだった。戦後日本の縮図のようにも映る彼の人生。ゴミ屋敷は彼の過去の記憶の山である。高度成長期を過ぎると、ひとり残された家にゴミが積もっていくのに時間はかからなかった。深い絶望的な孤独を抱えた彼は、自分でもどうしてこんなに苦しいのか分かっていないのだけれど、屋敷の中で唯一きれいに残された場所があって、それが露わになる場面には、思わず涙。悲劇的な結末ではあるけれど救いもあって、実にいい小説だと思う。
言葉に出来ない感情を言葉にしていくのは、大変である。そんなもどかしい思いを言葉にしてしまう歌人の短歌は印象に深い。デビューの頃の〈今すぐにキャラメルコーン買ってきて そうじゃなければ妻と別れて〉や〈つまらないセックスをした翌月に 生理がきたらおめでたですね〉が、あまりに衝撃的で、以来ずっと心に残っていたのだけれど、彼女の最新歌集『恋ばっかりもしてられない』に、またしても胸が鳴ってしまった。 〈さよならと言ってるわけじゃないけれど そう聞こえてるならそうかも〉 〈はいてきたパンツをはいて帰ります 夏でもないし恋でもないし〉 〈口にしたとたんにそれじゃ足りなくて 嘘になるから好きと言えない〉 〈東京は雪に弱いな あのひとにわたしは弱い 慣れてもいいのに〉
言い得て妙。いや実に素晴らしい感性だなと、あらためて思った。 (は)